ベトナムの教育
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改革の10年後には教育部門は明確に進展 06/03/2017


堅実な指導のお陰で、この改革の10年後には教育部門は明確に進展し、顕著な成果をあげました。1993年度には、就学前教育、一般教育、職業訓練教育から高等教育までの全てのレベルにおいて教育と訓練システムの規模は広げられ、改革期以前の成功年にまさる成功を収めています。

初等教育レベルだけで言うと、1989年から1990年の退学者の割合は12.7パーセントから6.58パーセントに減り、同年の留年の割合は10.6パーセントから6.18パーセントに減りました。(20世紀の)1990年代半ばには、小学生、前期中学生、後期中学生の総人数はそれぞれ、1千万人、3千7百万人、86万人を超えました。5年後、地方は1千7百万人を超える非就学児童を集め、学校に通わせました。このことで20万人の子供が初等教育の一般化の必要性を満たし、何十万という子供達が学校に戻りました。そして1千200万人以上の成人が反文盲クラスに参加する機会を与えられました。そのおかげで、50万人近くの人々が小学3年生程度の識字力をつけることができました。

職業訓練教育では、以下のような短期訓練コースが1993年の9万5千コースから1994年には12万8千700コースにまで増加しました。職業訓練中等学校は50の学校と経済社会で就職することのできた卒業生によって構成されていました。郵便・電気通信、軽工業、運送、地雷工学、科学、そして文化・芸術の6つの専門中等学校が、熟練した技術者を養成する試験プログラムを採用しました。ここでは、訓練課程の構成が最大の難関でした。教師が不足していたこと、1人の教師が複数の科目を教えなければならなかったことなどの理由です。また、様々な科目の研究施設が不足しており、訓練の質も上がりませんでした。MESの訓練は、15の教育地域・分野で行われ、MESが基礎を置いた5つの教授、学習資料が5つの分野でつくられ、幅広く応用するために広められました。長期プログラムを行っていた建築関連、郵便・電気通信の職業訓練学校もまた、MESを基礎とした訓練プログラムをスタートさせました。

高等教育では、これらの職業訓練施設が落ち着き、プロとしての活動をすることで収入を増やし、講義の規模を大きくしました。高等教育施設のネットワークでは、ハノイ、ホーチミン市、タイグエン、フエ、そしてダナンに5つの主要な総合大学が設立されました。公立ではない大学もまた増えました。指導者、教授、講師達は学術知識や国際的経験をもつ同僚と知識を交換する機会を持ち、国際的繋がりも広がりました。

カテゴリー: 教育の歴史